パラオに行ってきた 4日目

4日目

今日は、昨日予約しておいたレンタカーで島内を散策することにした。

電話で予約したのはトヨタのラクティス。写真では赤い車体だったので、来ればすぐに分かるだろうとホテルのロビーから外を眺めて待っていたが、予定の午前9時を過ぎても現れない。少し不安になり始めた頃、一人のパラオ人男性がロビー内をキョロキョロと見渡しながら叫んでいる。

「……52! 752!!」

名前で予約したはずなのに、彼は私の部屋番号を連呼している。

「はい、私です!」案内されたのは緑のトヨタ車だった。道理で分からないはずだ。

パラオは日本の自動車免許で運転できる。免許証番号を控えられ、男性から車の注意事項の説明を受ける。車体はあちこち傷だらけだ。後で言いがかりをつけられては困ると思い、入念に写真を撮っておく。

「ガソリンは……今、3目盛り分減ってるね。そこまで入れて戻してねっ」そう言い残すと、彼は親指をグッと突き出し、さっさと行ってしまった。

パラオは日本と反対の右側通行だが、街中に走っている車の大半は、右ハンドルの日本車が多い。その違和感にも、慣れるまでそう時間はかからなかった。

目的地はパラオ最北端にある「旧日本軍灯台」

スマホのGoogleナビをセットし、指示通りホテルを出て右へと舵を切った。ナビがぐるぐる回っている。

「この先、Uターンです」

いきなり道を間違えてしまった。しかし、簡単に戻れる道ではない。

とりあえず行けるところまで行ってみようと思い、日本の援助で作られた埋立橋を渡り、車を走らせていると、政府施設らしき場所の赤色コーンで道が塞がれている所に行き当たった。

制服を着た警備員が寄ってくる。「どこへ行くんだ?」

とっさに、Googleマップの現在位置の近くに表示されていた「防空壕」の文字を指差した。

「ここに行きたいんです」いぶかしげな表情で見つめられたが、

「日本人か?」と問われ、「そうです!」と答えた瞬間、彼の表情が劇的に和らいだ。

「あんたら道を間違えたんだ。防空壕へはこう行くんだよ」

彼はわざわざコーンをずらして中へ招き入れ、身振り手振りを交えて道順を丁寧に教えてくれた。

教えられた通りに進むと、茂みの中にひっそりと埋もれた防空壕が現れた。

誰も訪れないであろう戦跡が、静かに朽ちていく様に深い感慨を覚えた。

ナビを修正して、再びホテルの前を通ってパラオ最大のバベルダオブ島へ渡る。

「日本パラオ友好の橋」は、以前の韓国製の橋が崩落し大混乱に陥った際、日本が2002年に架け替えた友好の証だ。橋の両端には両国の国旗が誇らしげに掲げられている。 

島を一周しても130kmほど。のんびり走っていると、不意に雨足が強まってきた。道をふさぐ倒木を避けながら進んでいると、「ガラスマオの滝」の看板が目に飛び込んできた。

「お、滝があるぞ。寄ってみよう」

雨が上がったタイミングで入山料10ドルを払う。軽い気持ちで足を踏み入れたが、整備された道は最初だけだった。

残りは片道30分、高低差100メートルはあろうかというジャングルの獣道だ。

先ほどの雨で足首までぬかるむ道を必死に歩く。

ようやく茂みが開けた先に、息を呑むような大滝が待っていた。かつての先人たちも、この景色に心を休めたに違いない。

期せずして泥まみれになった我々は、再び北へと進路をとる。

道中、目に付くのは日本ではなく台湾の国旗だ。病院、学校、建設現場。それらは台湾の援助によるものであることを示していた。

昨晩の大使の話の通り、日本はハード面よりも人材教育などの「ソフト」での支援に注力しているのだろう。

民家なのか判別がつかない売店で小休止していると、ニシがつぶやいた。

(◎ω◎)「何を食べようか?」

気づけば昼時。島の最北端近くの港に辿り着き、海を見ていた。

地元の子供たちがカヌーを漕いでいる。

「こんにちは!」笑顔で挨拶してくれる彼らの奥に、白い塗装の剥げた小さな食堂を見つけた。

吸い込まれるように入った店内は、どこか懐かしい。色褪せた青い壁には民芸品が飾られている。「YAKISOBA」にも惹かれたが、ハンバーガーを注文した。時間はかかったが、素朴で深い味わいが絶妙においしい。

店を出て5分くらいの場所に、旧日本軍の灯台(TODAI)はあった。ここが車で行くことのできる最北端になる。

受付で5ドルを払い、艦砲射撃の弾痕が生々しく残る階段を上がる。

天井の落ちた見張り台から見える景色は、三方が水平線に囲まれた素晴らしい眺望だった。

しかし、当時の極限状態を想像すると、我々は嗚咽にも似た声を漏らし、呆然と立ち尽くしていた。


(・ω・)「行きたいところがある!」

ニシに、できるだけ東へ向かうよう願い出た。大通りを離れ、ヤシの木が並ぶ砂浜に辿り着いた。サンゴの残骸が白く美しい、静かな海岸だ。時間をもらい、私は海の向こうへ向かって、静かに手を合わせた。

帰路、Googleナビの指示に従うと、道は次第に険しさを増していった。

「大丈夫か、この道?」ガゴッ! という衝撃とともに、車底を擦る音が響く。容赦なく枝葉が車体を叩く。

「あ! 止まって!」

目の前に「この先通行止め」の看板が現れた。それでもナビは平然と「直進です」を繰り返している。対向車が来ないことを祈りながら、必死の思いで大通りへと引き返した。

ホテルへ戻る前、ガソリンスタンドに立ち寄る。店員が近寄ってきた。

店員( ̄д ̄)「何ドル分?」

私は言葉に詰まる。メーターは1目盛りしか減っていない。日本の小型車ならリッター10kmは走るだろう。150km走ったとして15リッター、余裕を見て20リッター入れば十分なはずだ。

(;゚Д゚)「20リッターはいくらですか?」

(♯ ̄益 ̄)「リッターなんて分からない。ガロンで言え」

店員が苛立ち始める。ガロンが何リッターか咄嗟に計算もつかない。

(;TωT)「満タンでお願いします」と頼み、40ドルを支払った。

 

ようやくホテルに戻り、レンタカー屋に連絡すると、レンタカーの代金はホテルのフロントに預けて、車はホテルの駐車場に停めておけと言う。

「車体のチェックしないのですか?」と聞くと、受話器越しに笑いながら、

「日本人だろ?」と答え、電話を切られてしまった。

あっけにとられたが、日本人は絶大な信頼を得ていることに改めて感動した。時計は午後4時を回っていた。

プールでひと汗流し、夕食へと向かう。今夜の舞台は、パラオの国花の名を冠したレストラン「ELILAI(エリライ)」だ。

海上に突き出した店内は、南国の夜風が通り抜け、この上なく心地よい。水面に反射する青いライトが幻想的な情緒を醸し出し、花をあしらった鮮やかなムームーを纏った女性たちが、色とりどりの料理を運んでくる。

ここで我々を待っていたのは、昨日の大使が絶賛するパラオのアサリだった。日本で見かけるものとは身の形が異なり、酒蒸しやスパゲティでいただくと、その旨みはまさに秀逸。

思い出話を肴に、最後のご馳走を心ゆくまで堪能した。

食後は、セブンイレブンもどきのコンビニ前を通り、昨夜の興奮冷めやらぬ「ZEUS」へと繰り出した。パラオで過ごす最後の夜を惜しむように楽しんだ。

 

つづく